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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6218号 判決 1977年5月26日

原告 張化寅

右訴訟代理人弁護士 高木義明

同 千田洋子

同 河合一郎

右訴訟復代理人弁護士 鈴木隆

被告 荒井亀太郎

右訴訟代理人弁護士 中根洋一

同 北本善彦

主文

一  被告は原告に対し、昭和四七年一一月一七日以降別紙物件目録記載(一)の土地の明渡済みに至るまで一か月金六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明渡し、かつ、昭和四七年一一月一七日以降右明渡済に至るまで一か月金九万七、三三七円五三銭の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

《以下事実省略》

理由

一  まず、原告主張の建物収去土地明渡請求の適否について判断する。

1  本件土地を含む前記東上野三丁目一五一番の土地がもと青柳きよ子の所有するものであったこと、昭和四七年一一月一〇日本件土地を含む右土地を原告が競落し、その所有権を取得したこと、被告が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していること、被告と青柳きよ子との間に本件土地の賃貸借契約が存在したことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、被告が右青柳との間の賃貸借契約による賃借権をもって原告に対抗しうるか否かについて検討する。

《証拠省略》によれば、被告は青柳きよ子が本件土地を含む前記東上野三丁目一五一番の土地を取得した昭和二二年一二月一〇日以前から本件土地について建物所有を目的とする賃借権を有していたものであり、右青柳は右土地の所有権を取得するとともに本件土地の賃貸人たる地位を承継し、被告との間に本件土地の賃貸借関係が生じたものであること、右青柳との賃貸借関係が成立した当時すでに被告は本件土地上に別紙物件目録記載(三)の旧建物を所有し、被告のための所有権保存登記も了していたこと、その後被告は昭和二八年六月二八日右旧建物につき実弟の荒井金次郎のための所有権移転登記手続を了したが、右移転登記は全く名義のみのものであり、旧建物は依然被告の所有に属し、被告及びその家族が同建物に居住していたこと(もっとも、右名義のみを変更した理由について、被告は、その本人尋問において、職人気質の父から仕事を始めるなら裸一貫で始めろといわれてしたものである旨述べているが、かならずしも明らかではない。)、昭和四一年一二月七日青柳きよ子は渋谷信用金庫との間で本件土地を含む前記土地および同地上の建物について債権元本極度額三、〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同日その旨の登記を了したこと、その後渋谷信用金庫が右根抵当権の実行として東京地方裁判所に右土地及び建物につき任意競売の申立をなし(同庁昭和四四年(ケ)第九二〇号不動産競売申立事件)、昭和四四年九月四日付をもってその旨の登記がなされ、昭和四七年一一月一〇日原告が右競売物件の土地及び建物を競落してその所有権を取得し、同月一七日その旨の所有権移転登記がなされたこと(原告が右土地及び建物を競落により取得し、その旨の登記を了したことは当事者間に争いがない。)、ところで一方、被告は右競売申立がなされるより前の昭和四二年八月頃から旧建物を取毀して本件建物を新築する工事に着手し、旧建物の一部を取毀して本件建物の一部を建て、さらに旧建物の残部を取毀して本件建物の残部を建て翌四三年一〇月九日までに本件建物全部を完成させたこと、そこで、昭和四三年一〇月九日付をもって旧建物の登記用紙は昭和四二年八月二〇日取毀を原因として閉鎖され、本件建物につき昭和四三年一〇月一四日付をもって被告のため所有権保存登記手続がなされたこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右認定の事実よりすれば、渋谷信用金庫のための右根抵当権設定登記手続がなされた昭和四一年一二月七日当時、被告はすでに本件土地について建物所有を目的とする賃借権を有し、同土地上に実弟名義とはいえ登記(被告から荒井金次郎に対する所有権移転登記)のある旧建物を所有していたことになるが、右旧建物はその後取毀され、その登記用紙も閉鎖されたのであるから、右旧建物に実弟名義の登記があることをもって建物保護法一条による対抗力があるとの見解に立ったとしても、その後本件土地を取得した原告に対し、右賃借権をもって対抗することはできず、また、本件建物に対する被告の所有権保存登記は渋谷信用金庫に対する根抵当権設定登記が経由されたのちのものであるから、被告は右登記をもって原告に対し右賃借権を対抗しえないものといわなければならない。

右の点について、被告は、本件建物が旧建物を順次取毀した跡に建てられたものであり、旧建物の登記用紙の閉鎖と本件建物についての被告の所有権保存登記手続が接着した時期になされていることをもって、被告の本件土地に対する賃借権の対抗力は消滅していない旨主張するが、本件建物と旧建物とは全く別個のものであり、かつ、その登記用紙も各別個のものであって、その間に建物の同一性を認めることはできないから、被告の右主張は採用することができない。

したがって、被告主張の抗弁1は採用できないといわなければならない。

(三) つぎに、原告主張の建物収去土地明渡の請求が権利の濫用にあたるか否かについて検討する。

《証拠省略》によれば、被告は本件土地を賃借して以来二十数年にわたり本件土地上の被告所有旧建物及び本件建物に家族共々居住し、同所で鉄工所等を営んで来たものであり、本件土地の使用は被告およびその一家の生活の基盤として欠くべからざるものであることが認められるところ、他方、《証拠省略》によれば、原告が本件土地を含む前記東上野三丁目一五一番の土地を競落取得した任意競売手続では、当初から本件土地に被告が昭和二二年頃から賃借権を有するものとして右土地を評価し、競売及び競落期日の公告においてもその旨の表示がなされていたこと、原告は右土地を一、八九三万七、〇〇〇円で競落した(もっとも、右土地および同土地上の前記家屋番号七七番の建物は一括競売に付され、右土地が一、八九三万七、〇〇〇円、建物が三五一万円として一括競落されたものである。)が、右競売事件における右土地の鑑定評価額は本件土地に競落人に対抗しうる土地賃借権があることを前提としながらも三、五六一万円と評価しており、被告の右競落価額は本件土地に被告の賃借権が設定されているものとして扱っても十分見合う金額であること、原告は右土地を競落するや直ちに被告に本件土地の明渡を求め、話合いには一切応じない態度を堅持していたこと、が認められるうえ、原告がこの種の執行・競売事件にかなり精通しているものであること及び本件訴訟の過程において頑なに話合いによる解決を拒否していたことは当裁判所に顕著な事実であり、これらの事実よりすれば、原告は右競売事件において本件土地に競落人に対抗しうる建物所有の目的の賃借権がある旨公告されていたが、その賃借権がたまたま対抗力に必要な登記を欠いていたことを奇貨として、極めて低廉な価額で競落したうえ巨額な利益を得ようとしているものと推認できるので、前示認定のような被告側の事情等をも考慮すると、原告の本件建物収去・土地明渡の請求は権利の濫用として許されないものといわなければならない。

そうすると、被告主張の抗弁2は理由があり、したがって、原告の本訴請求中、建物収去・土地明渡を求める部分は失当として棄却を免れないものといわなければならない。

二  つぎに、損害金の請求の適否について判断する。

前示のように、原告の被告に対する建物収去・土地明渡請求が権利の濫用として許されない結果として、被告は原告からの建物収去・土地明渡を拒絶しうる立場にあることになるが、そのことから直ちに、被告の本件土地の占有が権原に基づく適法な占有となるものではなく、また、当然に被告の右土地の占有の違法性が阻却されるものでもないから、被告が本件土地を占有するため原告の本件土地の使用が妨げられ、これによって原告が被った損害については、被告に賠償義務があるといわなければならない。

しかるところ、原告が本件土地の所有権取得登記を了した昭和四七年一一月一七日以後において原告が本件土地を占有していることは当事者間に争いのないところであるから、被告は同日以降被告が本件土地を占有することによって原告が被る損害を賠償しなければならないことになる。

ところで、右の原告が被る損害額について、原告は、本件土地に対する地代家賃統制令に基いて算出した一か月九万七、三三七円五三銭の割合による金員を主張するが、これを立証する証拠はなにもなく、他方、《証拠省略》によれば、原告が競落により本件土地を取得した当時被告が支払っていた本件土地の賃料は一か月六、〇〇〇円であったことが認められるので、原告の被る損害額は右賃料と同額の一か月六、〇〇〇円と認めるのが相当である。

そうすると、原告の本訴請求中、損害賠償を求める部分は、昭和四七年一一月一七日以降本件土地明渡に至るまで一か月六、〇〇〇円の割合による金員の支払を求める限度において理由があり、その余は失当として棄却を免れないといわなければならない。

三  結び

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、昭和四七年一一月一七日以降本件土地明渡済みに至るまで一か月六、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める限度において認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九二条、八九条を、仮執行宣言につき一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海保寛)

<以下省略>

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